検査結果が出たのは8月3日

クリニックからの電話で

「検査の結果が出ましたので、都合のいい時にいらしてください」とのこと。

その日は仕事が入っていたので、明日行くことを伝えて、電話を切りました。

いい知らせじゃなさそう・・・ ざわざわと胸騒ぎが止まりません。

 

8月4日 クリニック受診

子宮頸部上皮内癌1期 確定の診断結果。

診断結果を聞いた後、円錐切除で、浸潤を調べる治療の話になる。

手術は、術前の検査もあるので、早くても2週間後とのこと。

ちょうどお盆前だったので、お盆が明けてからの手術を希望し、

クリニックで日帰り手術にするか、もしくは大学病院で2泊3日の入院にするか決めてきてください。と言われる。

診察が終わり、帰宅する車の中で思うのは、

いつ家族に伝えようか

と、ただそれだけ。

 

けれど、この日は、午後から河口湖へ泊まりで出かける予定にしていたため、帰宅してすぐに荷物を持って娘と出発。

病気のことを考えながらも、家族との時間はありがたいものです。

明日の花火大会と富士山へのドライブ、予定があることで、時間が過ぎていきます。

気持ちが紛らすことができました。

 

息子の就職試験「今は伝えられない」

いつ家族に伝えるか・・・

初めの検査で「要検査」と告げられた時に夫に伝えるのが普通かもしれません。

でも私の場合、夫はいません。子供達に伝えなければならない。

息子2人は医療の道へと進んでいるため、彼らに伝えれば、私よりも詳しくわかる話なのです。

けれど、この時、次男の就職試験が終わり、内定通知を待っているところでした。

ただでさえ、息子は緊張の日々を送っているところに、このことを告げるわけにはいかない。

検査の結果がでて、息子の試験の結果がでてからにしよう。それも内定がもらえたらにする!と決めました。

今思えば、初めの検査の結果がでた7月19日から、子供達に気づかれないようにすることだけを考えていたと言っても過言ではありません。

どうか息子の第1希望の病院の内定がもらえますように!私の検査結果が、いい結果でありますように!と祈る日が続きました。

 

やった!内定通知きました!

河口湖2日目、花火大会を見るために湖畔を歩いていました。

その時、一緒にいた娘に LINE が入りました。

そのLINEの画像には、採用内定通知の写真が!やったー( ´ ▽ ` )ノと。

でもなぜに娘に?私には来ない?と思ったら、お母さん、LINEに送るより、妹に送った方が早くにわかるだろうと思ったので。と・・

打ち上がった花火は、息子の内定を祝っているかのようにも思え、また私の新たな人生のスタートを盛大にしてくれてるようにも感じたのでした。

河口湖から帰宅したのは深夜1:00。

自宅で、息子の内定通知を見て喜び、なぜこの病院を選んだの?という話をひとしきりした後に

『これ見てくれる?』と検査結果の用紙を出しました。

『なになに?』

『お母さん、ガンなんだ!』と息子の目はまん丸に!

案の定、何も言わなくても検査結果の用紙を見ただけで、わかってくれました。さすがだな〜と、以外と冷静な私

『いつ結果がわかったの?』

『昨日、河口湖行く前にわかったよ』

『えっ?!マジで?結果を聞いた直後に出かけられるその強さはなに?』

と、こんな会話をしました。

でもまだ、私の両親には話さない。長男がお盆休みに帰ってくるからその時に話すからね。娘にもそれから話すから。と伝えました。

『内定もらってホッとしていたのに、この真逆に起きてることにびっくりだよ!』

という息子に、忘れられない内定になったね〜♫と。

来春には、あなたも社会人となって、看護師になり病院で働くことになるでしょ?

その中で、患者さんが『ガン宣告』をされることはある。でもその時に、宣告された家族の方の気持ちをいまあなたは学ぶ時。だから、これも実習だと思ってもらいたいと。

と言ってしまえば、『かっこいいな私』と自己満足であり、この子たちがいるから大丈夫!という安心感さえもありました。

この病気も私が子供にできる教育のひとつだったのかもしれないと思っていたのです。

そしてこの経験が、息子にとってこの先のひとつの財産になっていくものだと。

 

8月11日 長男に伝える「死ぬわけにはいかんでしょ!」

お盆休みで帰ってきた長男にも、同じように『これ見て』と検査結果の紙を出したら

面白いように次男と同じく『お母さん、ガンなんだ!』

直後、『この場合喪主は俺になるんだよな〜?(笑)』

喪服買っておかないとか・・と笑って話す息子たち。

『いえいえ、私は死にません!余命宣告されてないし、手術を受ければ再発の確率は5%だから』

と、いつものように明るい会話になる親子でした。

それでも、息子たちは小学6年生の妹のことが心配になったようで、死ぬわけにはいかんでしょ!と。

これだけは、真剣に言われました。息子2人が医療に携わる道へと進んだことで、この状況にも動じない家族の強さを感じました。

でも、胸の内はきっと穏やかではいられなかったのでは?と思っておきます。息 

8月6日 両親へ伝える「心配かけてごめんね」

実家へ行き、両親に伝える。母には子宮頸がん検診を受けたことは伝えてありました。

検査の結果、『上皮内ガン』がみつかり、手術を受けなければならなくなったことを伝えると

『日にちが決まったら教えて。なにかできることがあれば遠慮なく言ってきなさい』

『ふだん、病院にいかないあなたが、たまたま行って、早い段階で見つかったことがラッキーなことじゃない』

と、言われました。

動揺することもなく、話を聞いてくれたのには心強かったです。

でも、76歳の両親。きっと、私には気づくことのできない、心配事になっていたのだと思います。